心のままに〜生きづらさの克服

毒親育ちのアダルトチルドレンが自分を救ってきた日々

母親について

今日は私の母親について書きます。

 

私の母は一言で言うと厳しい人です。

それは自分に対しても、人に対しても。

 

母は主婦としてはいつも完璧でした。

部屋はいつでもピカピカ

お料理も毎日品数多くちゃんと作り

子どものおやつも手作り

子どもの洋服もセーターも手作り。

 

教育熱心で、

PTAの役員もよく引き受けていました。

 

自分が完璧にやっているからか

母は私に大きな期待をしていたようです。

優秀であること、何かの才能を発揮すること

人気者であること、など。

 

今思えば、母は自分の劣等感や不全感を

私に埋めてもらおうとしていたのですね。

「お宅のお嬢さんすごい!」と

言われたかったのだと思います。

 

でも私は何においても平凡な普通の子ども、

母を満足させることはできませんでした。

母はそんな私に心底がっかりして

そのやり切れなさを暴言として

私にぶつけてきました。

 

そのたびに、私は母を喜ばせられない自分に

がっかりして「本当に私はダメだな」と

自分に絶望したのでした。

 

 

私のことを決めるのは母でした。

私は母にすべてを管理されていました。

食べるもの、着るもの、習い事はもちろん

友達すらも母が選びました。

 

「あの子とは遊んじゃダメ」と言ったり

遊んで欲しい子には母がその子の家へ

電話して「うちの子と遊んでちょうだい」

などと言ったりしました。

 

それは小学生の頃でしたが

子ども心に本当にやめて欲しかったです。

友達は自分のフィーリングに合う子を

自分で選んでいます。

自分の好きな友達を悪く言われるのも嫌だし

正直仲良くしたくもない子に、母に

「仲良くしてあげて」なんて言われるのは

私の面目が丸潰れでした。

 

母は、とにかく自分の思う通りに

私や私の環境を

コントロールしようとしました。

 

私は母から「これ好き?」とか

「どれがいい?」と聞かれません。

母が決めるからです。

仮に「○○が欲しい!」と言ったとしても

OKが出る時は母が良いと思った時。

私の好みや気持ちは聞き入れられません。

 

私は、自分が尊重されるという経験を

してこなかったのかもしれません。

 

母が繰り返し

何度も言っていた言葉があります。

「あんたは子どもなんだから

お母さんの方が正しいの!だから

お母さんの言う通りにしていればいいの!」

 

確かに、その時私はまだ子どもで

知らないこともたくさんあったし

失敗もよくしていました。

なので私は「なるほど、そうだな」と

その言葉をそのまま信じて

母の言う通りにすることにしたのです。

 

この時「私は間違っている」

「私の気持ちは大切じゃない」という

観念を身につけたのでしょう。

 

そして、本当の自分を殺して

人(母)の意に添うように

人のために生きていく道を選んだのです。

 

それは中身の空っぽな人形としての人生です。

それがどんなに辛くても

生き残っていくには、依存してる母親に

嫌われるわけにはいかないのです。

 

 

母は、明らかに私という人間の個性を無視し

(何が好き?どういう気持ち?など)

私の領域を侵していました。

それは心理的暴力であったと思います。

 

それは、自分の子どもだろうと

赤の他人だろうと

自分以外の「人」に対して

してはいけないことだったと思います。

 

 

人はみんな尊重される存在なのです。

 

未熟な子ども、特に自分の子どもに対して

尊重する気持ちを持ち続けるのは

難しいかもしれません。

つい「子どもだからわからないだろう」とか

「子どもだから導いてやろう」などと

考えてしまうものです。

 

でも、どんなに小さな子どもであっても

その子の心があり、個性があります。

そのことを忘れずに

「この子はどんな気持ちだろう?」

「この子は何が好きかな?」と

その子の心を尊重できる大人でいたい。

私はそうありたいと思っています。

 

 

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こんなふうに自分の生い立ちを

毒親に育てられた」というと

 

毒親!毒母!と言って

うまくいかない自分の人生を

すべて親のせいにしてる」

「努力もしないで言い訳している」

と嫌悪感を感じる人も多いようです。

 

それは「半分合っていて、半分違う」

というのが私の考えです。

 

確かに「毒親!」と恨んでいるだけでは

そこから抜け出せないし

そこから動きたくないから親を恨んでいたい

という心理も多いように思います。

 

でも一方、「親は私にこういうことをした。

その時私はこう感じた。私は親が嫌いだ。

(私は親が好きだ)」と認識をしなければ

次へ進めません。

一度しっかり「親を恨む」ということをして

「親を諦める」ことが大事です。

 

そうして親と自分の間に境界線を引き

自分の人生を歩き始めることができます。

 

だから「毒親!」と罵るのも

成長の過程で必要な通過点なのです。

 

 

 

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