心のままに〜生きづらさの克服

毒親育ちのアダルトチルドレンが自分を救ってきた日々

瞑想で心を整える

 

 

 

私は毎日、瞑想をしています。

 

そんなにちゃんとしたものではなくて

ただ座って目を瞑り

意識を呼吸に向けるだけです。

 

時間もいい加減で、タイマーもかけずに

その日の気分やなんとなくで

15分から40分くらい。

本当に忙しい日は5分なんて時もあります。

 

あまり自分に厳しくしないで

テキトーに、ゆるゆるに

でも、なるべく毎日しています。

 

 

 

ちょっと面倒くさいな

と、思う日もあるのですが

それでもなぜ毎日するのでしょうね?

 

それはきっと

自分の心が気持ちいいからです。

 

瞑想をすると、それまでの

気忙しい気持ち、焦る気持ち、不安な気持ち

落ち込む気持ち、何かを責める気持ちなど

自分の心を波立たせる気持ちが落ち着いて

最終的に「大丈夫」という気持ちになれます。

 

私は大丈夫、このことは大丈夫、

なんとかなる、そのままでいい、など

どっしりと落ち着いて

安心している自分になれる気がします。

 

 

 

きっと、

本来の自分はこういうものなのでしょう。

 

けれど、日常の雑事にまみれていると

思考に囚われたり、感情に溺れたり

不安や恐怖に囚われたりして

本当の自分を忘れてしまうのです。

 

瞑想で自分の呼吸に集中していると

忘れてしまっていた本当の自分に戻れて

リセットされて、すっきりと心地いいです。

 

その感覚を知っているから

少しの時間でも毎日やろうと思うのです。

 

 

 

 

5分や10分では難しいのですが

30分くらい瞑想をしていると

ある時、頭のおしゃべりから、スンと

距離が取れる感覚になる瞬間があります。

 

自分の中で次々と湧いてくる思考や

周りの物音などが遠くにある感じで

その遠くにあるもの

(思考、感情、周りの物音、環境など

自分を取り巻く世界)を眺めている感覚です。

 

その周りのものを眺めている自分は

透明で、澄んでいて、静かで、何もなくて

何もないのに温かくて、とても強いです。

 

その自分は、外側から傷つけられることは

絶対にありません。

自分は安全なのです。

 

 

 

 

 

本当の自分とは呼吸を見つめている意識です。

瞑想をすると、その澄んでいる意識が

「これが私なのだ」と気づくことができます。

 

本当の自分=意識には意図があります。

愛に基づいた意志があります。

 

ものごとに対して、あれこれ思考を巡らせたり

感情が湧いて、そこに浸っているのは自我。

生き残ろうと画策しているのは自我。

不安や恐怖、怒りに波立っているのは自我です。

 

普段は自我が優勢で

それが自分だと思っていますが

意識も同時にあり、重なっています。

 

だから、区別が難しくて

意識(本当の自分)を見つけるのが難しいのです。

 

でも瞑想をすると、澄んだ意識に出会えます。

 

 

 

意識は中立で、ものごとに対して抵抗せず

ただ受け入れます。

意識は、愛を持って

すべてをクリアに見ています。

 

意識は自我を愛し、すべてを愛します。

 

 

 

 

瞑想を続けていると

理屈ではなく感覚的にそのことがわかります。

 

瞑想をしている時に出会える

自分の真ん中の澄んでいるところを思い出すと

日常の中で、自分が思考でぐるぐるしてたり

感情に溺れてたりすると、すぐに気づけます。

 

「観察する自分」になれて

「あ、今私、無意味な思考に囚われてるな」

「今、感情に支配されているな」と

気づくことができるのです。

 

気づくことができれば

それを手放すこともできるので

結果、自分の心を平穏にすることができます。

 

 

 

瞑想で心を整えるのは

自分を幸せに導く行為だと思っています。

 

 

 

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