心のままに〜生きづらさの克服

毒親育ちのアダルトチルドレンが自分を救ってきた日々

何もない一日の幸せ

 

 

 

大した事件の起きない日常を過ごしている。

特別にラッキーなことも起きないし

飛び上がるほど嬉しいことも起きない。

 

人生が劇的に展開していったり

空から幸運が降ってくることもない。

 

いや、実際には

幸運は降ってきているかもしれないけれど

興奮するほど歓喜に満ちているわけではない。

 

 

 

 

でも、これで幸せだと感じる自分がいる。

 

「特別」ではないけれど

ただただ平凡な毎日だけれど

心穏やかに、静かに嬉しい感じ。

 

 

 

 

今日は、お買い物の帰りに

スタバでカモミールティーを買う。

カモミールティーには

はちみつをふた回し入れてもらう。

 

そして帰り道

初めて足を踏み入れる公園のベンチに座って

はちみつ入りカモミールティーを飲む。

 

カモミールのいい香り。

口に含むとちょっと甘くて温かい。

 

その温かい液体が

ゆっくりと体に染み込んでいって

はぁ〜と力が抜けていく。

 

視線を上げると

そこには公園の大きな木と青空。

 

すーはー。

自然と呼吸が深くなる。

 

私の心は開いて

どんどん広がっていくようだ。

 

なんて心地のいいひととき。

なんて幸せなんだろう。

 

 

 

 

 

思えば、昔は

ごはん作って、洗濯して、掃除して

テレビ観て、昼寝して、と

何もない一日を過ごすと

罪悪感が湧いてきた。

 

「自分は何をしているんだ?

何もしていないのではないか?

何かしなければ。これでは価値がない。」

と焦っていた。

 

今の自分ではない

特別な何者かになりたかった。

人から認められたかった。

 

ありのままの自分を

受け入れられていなかったから。

 

特別な何かを

しなければダメだと思っていたから

何もない一日は落ち着かなかった。

 

だから、日常に散りばめられている

小さな幸せに気づけなかった。

 

 

 

本当は、何もない一日は

とてつもなく幸せなことなのに。

毎日同じ日常を過ごせるって

とてつもなく恵まれているのに。

 

その大切な宝物に気づけなかったのだ。

 

「自分の価値」や「自分の意味」に惑わされて

自分の中で戦争が起こっていて

自分がもう持っている幸せや恵みに

まったく気づけないのだ。

 

すべて自分の一人相撲。一人芝居。

今となってはちょっとクスッとさせられる。

 

 

 

自分の価値なんて始めからずっと変わらない。

自分の意味なんて知らなくて構わない。

そんなものに惑わされなくて良かったのだ。

 

自分は自分のままで

ただ在れば良かったのだ。

 

 

 

自分にバツをつけなくなって

そのままで居させてあげられるようになると

自分はホッと安心してくつろげる。

 

すると、同じような毎日の中に

心弾むような、心が広がっていくような

楽しさ、嬉しさ、ワクワク、幸せが

散りばめられているのだと

見えるようになってくる。

 

 

 

 

自分が安心してくつろいでいるか

いつも自分に気を配って

気をつけてあげたいと思う。

 

 

 

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