心のままに〜生きづらさの克服

毒親育ちのアダルトチルドレンが自分を救ってきた日々

何かに依存している人の気持ち

 

 

 

何かに依存している人

例えば、アルコールや薬物

ギャンブル、ゲーム、スマホ

買い物、恋愛、宗教、スピリチュアル

軽めのだと、チョコレート、ポテチ、お菓子

読書、アイドル、アニメ、テレビ

 

などなど。

(他にも無限にあります)

 

 

 

 

趣味や、ただの楽しみの範囲なら

何の問題もありません。(薬物除く)

 

でも、生活に支障をきたしたり

健康を害したり

日常がままならなくなって

金銭トラブルが起こったりしているのに

どうしてもやめられないなら

それは、対象に依存しているということです。

 

そこまでではなくても

自分の頭の中がそれでいっぱいで

自分を失い、自分の意志や望みを感じられず

それに振り回されているのなら

依存していると言っていいと思います。

 

 

 

 

対象に依存している時

それは、えも言われぬ幸福感で

自分が満たされ、充実感を感じられ

ひとときでも辛さを感じずにいられます。

 

 

 

アダルトチルドレン

常に空虚感に苛まれているので

ありのままの自分自身でいては

充実感を感じることができず

依存に走りやすいです。

 

そのままでいると

「自分なんてダメ人間だ」

「自分には価値がない」

「自分は何のために生きているのだろう」

などと、嫌な気分がやってくるので

何かに依存して、そんな気分を

忘れてしまいたいのです。

 

 

 

 

依存は、自分の空虚な部分に入れて

自分を満たすという役割を担っています。

 

だから、対象物に依存している時は

空虚感を忘れられ、自分が満たされ

気分が高揚して、まるで

自分が充実しているように思えるのです。

 

その時だけは「幸せだ」と感じられるので

なかなかやめることができません。

 

問題は、依存していることというよりも

そのままの自分でいると

空虚で、辛くて、生きられない

ということだと思います。

 

ここが、問題の根っこです。

 

 

 

 

 

私は、以前スピリチュアルにハマっていて

毎日が楽しくて楽しくて

仕方ありませんでした。

 

学んでいくことも楽しいですし

いろんな人の耳に優しい言葉を聞くのも

心が癒されていきましたし

こんな自分でも幸せになれるんだと

思えることは

その時の私にとっては救いでした。

 

なので、その時の段階では必要であり

このことが悪いわけではないと思いますが

問題だったのは、私が自分では

何ひとつ考えていなかったということです。

 

 

 

人の話を鵜呑みにして信じて

夢遊病者のように

自分の行いを決めていたことが

不健全な在り方だったのです。

 

私は、ちっとも

「自分」を生きていませんでした。

 

 

 

 

 

ある時、私は自分の依存に気づいて

大変な衝撃を受けました。

 

スピリチュアルにハマっていた時は

ふわふわと気持ち良かったのに

現実の依存している自分を目の当たりにすると

それは、苦しくて仕方なく、藁をも掴みたい

溺れる者の姿だったのです。

 

本当の自分は、思っていたのと違った。

このことは、私にとって大きな打撃でした。

 

 

 

 

依存から目覚めると、そこには

苦しくて仕方ない辛い現実がありました。

 

これを感じなくて済んでいたのだから

依存の力はすごいですね。

依存していれば幸せでした。

本当の自分など知らない方が幸せでした。

 

 

 

でも、私は

本当の自分の姿に気づいてしまいました。

 

もう引き返すという選択はありません。

 

「私は、自分自身として生きたい。

この人生を自分の足で歩いていくのだ。」

と決めました。

 

 

 

 

そして、スピリチュアル関連のことは

すべて手放しました。

 

本もカードもCDも全部捨てて

ブログもメルマガも全部シャットアウトして

自分が書いていたブログも閉鎖して

アカウントも削除して

瞑想もお祈りもすべてやめました。

 

 

 

 

全部やめてみて

いかに私の生活にスピリチュアルが

入り込んでいたのかがわかりました。

一日の時間が余るようになりました。

 

やめてみて思ったこと。

それは

「暇!退屈!つまんない!何か欲しい!」

という気持ち。

 

何も起こらない普通の日常は

本当に退屈に思えて

何か欲しいと探している自分がいました。

 

私は「こうして、何かに依存してた人は

普通の毎日が何か足りないような気がして

また薬物なりアルコールなり

欲しくなるんだなぁ」と思いました。

 

何かで気分を高揚させたいのです。

退屈な毎日に刺激が欲しいのです。

 

依存している人は

空虚な日常、空っぽな自分に耐えられず

何かで埋めて充実感を感じたいのです。

 

 

 

 

私は、自分が何かを探していることに

気づきました。

こういう時に次の依存対象を見つけるのだ、

気をつけないと、と

元に戻らないように注意しました。

 

 

 

 

私は、普通の毎日から逃げないで

とことん味わってみようと思いました。

 

なんでもないありきたりな日常を

味わってみよう、と決めました。

 

そして、自分の空虚さ、辛さも

ちゃんと味わってみようと思ったのです。

 

 

 

この時が、私の人生の

ターニングポイントだったと思います。

 

 

 

今では、瞑想は再開していますし

直感や閃きは信頼していますし

自分が本当にそうだと思うことは

生活にも取り入れています。

 

スピリチュアルを全否定するのではなく

自分のやり方で取り入れていく

という在り方に落ち着きました。

 

 

 

今、私が信じているのは

自分の心だけです。

 

 

 

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