心のままに〜生きづらさの克服

毒親育ちのアダルトチルドレンが自分を救ってきた日々

痛みも傷つきも味わいたい

 

 

 

3月は別れの季節ですね。

 

私も、今習っているジャズダンスの先生と

3月いっぱいでお別れすることになりました。

 

先生がご自身の都合で辞められるのです。

 

 

 

 

その先生とは長いお付き合いで

私が今のダンススタジオに入って以来なので

10年くらいになります。

 

その間、週一回は顔を合わせて

たまにみんなでランチに行ったりしました。

 

レッスン中

ダンスとは関係ない話で盛り上がって

先生とみんなでおしゃべりしてしまうくらい

気心の知れた仲でした。

 

私は、そんな気の置けない仲間と

先生との時間が大好きで、勝手に

これからもずっと

続くものだと思っていたのでした。

 

なので、3月いっぱいで先生のレッスンを

受けられなくなるとわかって

とてもショックでした。

 

 

 

 

それは、人との別れの痛み

寂しさ、切なさ、悲しさ、など。

 

それと、なぜか

傷ついたような気持ちになりました。

 

私は、先生にも都合があるので

仕方ないとわかっているのですが

その傷ついたような気持ちが気になったので

自分と向き合い、掘り下げてみました。

 

 

 

 

すると、出てきた思いは

一方的に捨てられた傷つき、悲しみでした。

 

自分では、その先生のレッスンが

これからもずっと続いていき

お互いに歳をとっても関係は続いていき

これからも今まで通り

楽しく過ごせると期待していたのです。

 

けれど、その期待は

一方的に断ち切られてしまった。

 

そのことを不満に思い、悲しく思い

切り捨てられたかのような傷つきを

私は感じていたのです。

 

私は傷ついているのだと思いました。

 

 

 

 

こう思うまでにも

「人も状況もすべては移ろいゆく。

別れがあっても、また新しい出会いがある。

新しい扉が開く。別れの痛みを感じながら

手を緩め、すべてを流れるがままにしよう。」

と思っていました。

 

 

 

でも、この僅かな引っかかり

微かな傷つきを見過ごさないでいることは

とても大切に思います。

 

なんとなくモヤモヤしてる自分を

「仕方ないことだよ」となだめないで

そのまま流そうとしないで

しっかりと認めてあげる。

「悲しいね。悲しいね。」と

受け入れてあげる。

 

自分の、こういう微細な心の動きにも

気づいている状態でいたいです。

 

 

 

そうして、自分の心に気づいていて

それをそのまま受け入れている状態の上で

諸行無常。すべては移ろいゆく。

その流れをただ見つめていればいい。」

という在り方でいたいです。

 

 

 

自分の中の痛みも傷つきも

自分が認めて受け入れてあげれば

それもまた自然に流れていきます。

 

すべては移ろいゆくのです。

 

だから、今自分に起きている目の前の体験を

楽しみ、味わいたい。

 

痛みも、傷つきも、味わいたい。

 

 

 

 

それが、生きているということです。

 

それが、自分のやりたいことなのです。

 

 

 

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