心のままに〜生きづらさの克服

毒親育ちのアダルトチルドレンが自分を救ってきた日々

理想の子ども、理想のお母さん

アダルトチルドレン気質な親は

自分の子どもに理想の子どもになることを

押しつけがちです。

 

それは非現実的に高い理想です。

子どもが、親が考えるその非現実的に高い

理想の子どもになれてない部分があると

そこを日常的に注意、非難され

減点され続けます。

 

理想を追い求めるということは

「今のあなたはダメ」ということで

否定され続けた子どもは傷ついて

元気を失っていくでしょう。

 

 

 

 

 

一方、子どもの方も母親に

「理想のお母さん」であることを望みます。

 

人それぞれイメージがあるでしょうが

優しく穏やかで困った時は助けてくれる

いつも励まし応援してくれる自分の味方

子どものために何でもしてくれる

暖かい安全基地のようなお母さん

というように。

 

でも、現実の母親は違います。

 

子どもも、実は自分が思った通りの

愛情をもらえないことを怒っているのです。

 

 

 

 

 

理想の子どもじゃない!

理想のお母さんじゃない!

とお互いに相手を不満に思っているのです。

 

 

 

 

 

気づかなければならないのは

理想の子どもも、理想のお母さんも

幻想だということです。

 

どこにもいないし、なれることもありません。

なれたとしても、なる必要がありません。

 

現実にいるのは、未熟なお母さん

未熟な子ども、未熟な人間です。

 

あれができない

これが苦手

今は優しくできない

素直になれない

でこぼこだらけの人間です。

 

愛すべき未熟人間。

 

 

 

 

 

子どもが親の願い通りにならなくても

その子は

自分の個性を炸裂させているのです。

 

それはとても頼もしく、喜ばしいことです。

 

 

 

 

 

また、お母さんが子どもの思った通りに

愛してくれなくても

それも仕方のないことなのです。

 

お母さんは、その時に自分が持っている

知識、体力、心の力を総動員して

自分ができることは

精一杯したのかもしれません。

 

でも、お母さんは

できないこともたくさんある

未熟な人間だったのです。

 

お母さんは愛する能力が足りなかったのです。

 

 

 

 

 

子どもは

「自分が欲しかった愛をもらえなかった。

もう手に入らないのだ」という事実を認め

心から愛の欠乏を嘆き、悲しみましょう。

 

充分に悲しんだら、次へ進むことができます。

 

 

 

 

 

「より良くしよう」と理想を追い求めるのは

例えば、仕事や勉学、スポーツなどで

成長する時には必要なことかもしれません。

 

けれど、それを人に対してすると

途端に苦しくなります。

 

親子でも、他人に対してでも

自分自身に対してでも

理想を求めると

それは否定につながるのです。

 

「今のままじゃダメ。もっと、もっと」

ということです。

 

もし、理想にこだわる自分がいたら

本当に人は完璧でなければいけないのか?

本当に人は理想通りでなければならないのか?

と、自分に聞いてみるといいですね。

 

「そうだ」と返事があったら

「それはなぜなのか?」と聞いてみましょう。

そこに心の傷があるかもしれません。

 

 

 

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でこぼこな人

ちょっと欠けてる人

変わってる人

ユニークな人

未熟な自分。

 

みんな、そのまま、それでいい。

未熟なまんま、それでいい。

 

未熟な自分を許すと

未熟な他人も許せるようになります。

 

 

 

 

世の中そんなもんだ、と諦めると

生きるのが楽になります。

 

 

 

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