心のままに〜生きづらさの克服

毒親育ちのアダルトチルドレンが自分を救ってきた日々

生き方を変える

 

 

 

入院する前日、急遽病院に行った時

私の思いは「早くこの不調をなんとかして

週末の実家への帰省(その予定になってた)や

仕事に行けるようにしたい」でした。

 

体は不調なのに、まだまだ

やるべきことをこなし続ける気でした。

 

あの時「それは本当にやりたいことなの?

やりたくないことはやらなくていいんだよ。」

と言われたとしても、きっと私は

「それはそうだけど、そうは言っても

これはやらなきゃ」と

受け入れられなかっただろうと思います。

 

 

 

結局、ここまでの大病にならなければ

気づくことはできなかったのです。

 

ただの風邪や不調くらいでは

自分の生き方は変えられないのです。

 

 

 

 

 

私は、自分の行動の指針を

やりたいか、やりたくないかで

まだ選べていませんでした。

 

やらなければ、やっとかなくちゃ

やった方がいい、で選んでいます。

 

だから疲れるのです。

 

 

 

 

 

私は、これまで何回も何回も

やりたくないこと、やらなくていいことを

手放してきました。

 

けれども、まだまだ

手放すことには終わりがありません。

 

毎回同じことを繰り返し

同じところをぐるぐるしている感じがしますが

そうではなく

「またやりたくないことをやっていた」

と気づいて手放すたびに、螺旋のように

少し上がってより深く進化している気がします。

 

だから

「またこれか」「これ前にもやったのにな」

と思っても自分は足踏みしているわけではない

ことをわかっていてあげようと思います。

 

 

 

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それにしても

やりたくないことをやらないのは

勇気のいることです。

 

私は、それが怖くてまだできません。

人からの批判、人の期待に応えられないことが

怖くてたまらないのです。

 

 

 

でも、ここを手放さないと

次へは進めません。

 

これ以上自分をいじめたくないので

「これは本当にやりたいの?」と

自分に聞く癖をつけたいです。

 

そして、「やりたくない」が答えだったら

少しでもそれに沿えるように努力したいです。

 

例えば、全くやらないのは難しくても

頻度を減らすとか、やり方を変えるとか

少しでも自分が楽になるように

工夫していくのです。

 

私は、生き方を変えなければなりません。

 

 

 

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今回、肝炎になって入院したことは

自分に対しても、周りに対しても

与えたインパクトは絶大でした。

 

私は「そうは言っても」と言いながら

生き方を変えないでいることの

危険性を知ることができ、そのおかげで

「そんなこと言ってられない。

私を守らなきゃ。」と覚悟を決めることが

できました。

 

その時、周りの人たちに対して

「休みたい」「やりたくない」と主張する時

この入院が水戸黄門の印籠の役目を果たし

私は言いやすくなり

周りの人は受け入れやすくなったと思います。

 

私は「無理をすると体を壊す。

だから私は無理をしない。」と

言いやすくなったのでした。

 

周りの人も納得してくれるでしょう。

 

 

 

そういう意味で、この肝炎という病気と入院は

大きな役割を果たしてくれました。

 

私の長期休暇であり

気づきのきっかけであり

生き方を変えるきっかけにもなったのですから。

 

この病気が大きなギフトであることは

間違いありません。

 

 

 

人に喜んでもらうことよりも

自分らしくあることの方が大切です。

自分のハートの声を生きることの方が

大切です。

 

それは、ほかのどんなことよりも

大切なのです。

 

 

 

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