心のままに〜生きづらさの克服

毒親育ちのアダルトチルドレンが自分を救ってきた日々

その時が来ればお正月は来る

 

 

 

年末からバタバタして

大掃除も終わらないまま

ぬるっと年を越してしまいました。

 

 

 

すべてを完璧に

やろうとしないことを心がけて

無理をしないようにと動いていたら

本当にあちこち汚いまま

お正月が来てしまったという感じです。

 

「片付けられない女」だった

今は亡き義母がよく

「その時が来ればお正月は来るのよ」

と言っていたのを思い出します。

 

掃除が苦手な義母はきっと、いつでも

家を清めてお正月を迎える

ということができなくて

「家が汚くても、家をキレイにできなくても

1月1日になればお正月は来る」

と自分に言い聞かせていたのでしょう。

 

そんな義母の言葉を思い出し

「本当にそうだな。なんてことなかったな。」

と思いました。

 

 

 

もちろん、年末までに家中の大掃除を済ませ

清らかな気持ちでお正月を迎えられたら

気持ちの良いことでしょう。

 

年神様も喜んでくださる

その年の運気も良くなる、とも思います。

 

 

 

でも、私は今まで「年末には家中を

キレイにしなければならない」

という観念に縛られ過ぎていたようです。

 

それは、ほとんど強迫観念のように。

 

「大掃除しなきゃ。キレイにしなきゃ。

そうしないと大変なことになる。」

との思いに囚われていたと思います。

 

だから、年末忙しくても、大変でも

無理をして、必死に大掃除して

挙げ句の果てに過労で

具合悪くなっていたのです。

 

そりゃあ年を越す時に

キレイな方がいいのでしょう。

 

でも、そこまで

自分を追い込まなくてもいいですし

倒れるまでやらなくていいですよね。

 

 

 

現に、大掃除が終わらないまま

お正月を迎えても

私は今、何も困らず

普通に過ごしているのですから。

 

なんの妄想だったのだろう?と思います。 

 

本当に

「その時が来ればお正月は来る」のです。

 

 

 

今回の年越しも

家族にたくさん手伝ってもらって

それでも完璧にはできなくて

ぐずぐずな感じでしたが

こんなものでいいなと思いました。

 

このくらいぐずぐずで

余白があって、遊びがあった方が

気持ちが楽です。

 

何でもいい

何でも許されている、という感じがします。

 

 

 

お菓子もジャンクフードもおいしいものも

好きなだけ食べた三が日でした。

楽しいハレの日でした。

 

今日からまた日常のケの日が始まります。

 

「何でもいい」と自分に許された私は

今、猛烈に力がみなぎり

走り出したいような

ウズウズ、ワクワクするような気持ちです。

 

そして、居ても立っても居られなくて

昨日からものを捨て続けています。

 

あちこちの引き出しを開けて

不要、不適、不快なものを捨てていく。

 

新たな年のスタートです。

 

 

 

さあ、やるぞ!という

やる気満々のエネルギーが

満ちているのを感じます。

 

今年はどんな楽しいことがあるでしょうか。

どんな出会いがあるでしょうか。

 

楽しみにしていきたいと思います。

 

 

 

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